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 ■のりもの日記 Vehicles Diary■

のりもの日記

2005年11月11日
大好きだった本田美奈子さんを偲んで
 2005年11月6日朝、本田美奈子さんが亡くなるというニュースを夕方聞いた。ファンだった僕は、全然信じることが出来なかった。だって、ついこの前一時退院して回復に向かっているという話を聞いたばかりなのに。あまりの突然の訃報に、全く信じることが出来なかった。でも、今になってようやく過去の思い出を振り返ることが出来た。

 高校生の時TVで彼女を見たときは、一瞬で一目惚れをしてしまった。丁度デビューして間もなかったので、初々しさがとっても好感的で、その時の歌は【好きだと言いなさい】。正に俺のためのアイドルだと勝手に思って、ファンクラブに入会。それからは新聞・雑誌を問わず、美奈子さんが写っている物、記事として取り上げられている物全てスクラップした。雑誌の中には、週刊現代やアサヒ芸能などの高校生としてはあまり相応しくない成人雑誌(?)も含まれていたりなんかする。いつだったかの平凡パンチでは、1冊丸ごと本田美奈子特集だったっけ。
 TVは、番組・CMに関わらず可能な限り全て録画した。所属レコード会社が東芝EMIだったせいか、東芝の家電製品(主に暖房器具)のCMに出ていた。日曜日はサザエさんと東芝日曜劇場が東芝の単独スポンサーだったので、録画をするには最適だったことを覚えている。そういえば、市内の東芝の電気屋に出向き、ポスターやのぼりをもらいに行ったけど、丁重に断られたっけ。まだキャンペーン中だったからなんだろうなー。
 その頃の僕は深夜ラジオを聞くのが好きで、部屋には遠距離の放送局を受信できるラジオがあった。もちろん美奈子さんの番組は欠かさずチェックした。初めての番組は美奈子さんが一人でパーソナリティーを務めいてて、いかにも台本を読んでいるなというお世辞にもおしゃべりは得意でないと言うことを感じていた。そのたどたどしさが美奈子っぽくていいんだけどね。その後いたんだけど、新しく始まった番組はお笑い芸人2人との掛け合いが
 近くにあった労働金庫で、当時イメージキャラクターになっていたポスターを無料配布しますというチラシを見て、速攻で2枚ゲットした。フワフワのニットを着ているポスターだった。レコード屋で販促用のチラシも片っ端からもらってきた。とにかく、本田美奈子と書かれてある物は、根こそぎゲットしまくった。

 地方に住んでいる故、地元ではなかなか本人にお目にかかれる機会はないけど、その頃はバイクにも夢中だったので、東京まで走りに行ってコンサートを見たことがある。あまり自慢できることではないが、学校を休んでだ。東京厚生年金会館・渋谷公会堂・日本武道館・日比谷野外音楽堂などなど。
 彼女のコンサートはパワフルでとても楽しい。身長は小さくて体重も軽い。よく2時間も歌ったり踊ったり、さすが歌手だなぁと感心したものだ。観客みんな一緒になってステップを踏んだり手拍子をしたりしていた。そして時々客席に視線を投げかたときは、
 「今俺と目が合った!」
 喜んだりした。実際はそんなことはないんだけどね。
 当時のアイドルには必ず親衛隊というのがそれぞれ結成されていて、美奈子さんのコンサート会場にももちろん彼らはいた。毎回親衛隊隊員のかけ声が楽しみだった。
 【朝霞のべっぴん スーパーアイドル絶好調!】
 渋谷公会堂のコンサートを終えて帰り際、出口付近で親衛隊メンバー募集を行っているのを見た。本気で入ろうと思ったけど、交通費の捻出に問題があって、声をかけれずじまいだった。新潟に支部があれば良かったのにぃ。

 20歳の誕生日を迎えた時、ファンクラブはバースデーボウリング大会を企画した。抽選で選ばれた人だけの参加だったんだけど、僕はそのメンバーに選ばれた。場所は東京の芝ボウリングセンター。ココはよくTV番組(スターボウリング)のロケで使われる場所だ。
 美奈子さんは各レーンを順番に回って、ボールを投げていた。投球フォームは確か普通だったと思う。さすがにそこまでは覚えていないけど・・・。
 そして、ココで初めて美奈子さんと会話らしい会話をした。と言っても一言二言だけど。みんなに声をかけてくれるので、
 「どこから来たの?」
 「新潟から原付バイクで」
 「ウソー、すごーい!」
 こんな会話を交わした。今でも驚いたときの表情を忘れられない。これだけでもファン冥利に尽きる瞬間だ。この後賞品贈呈式が行われた。テーブルの上に並べられたプレゼントは直筆サイン入りのグッズで、ファンとしてはやはりゲットしたい。ボウリングのスコアで1位〜3位、ブービー賞を獲得した人に続々と賞品が美奈子さん自身の手で渡された。残念ながら僕のスコアは獲得するには至らなかった。うーん残念。全て商品が出尽くした後、最後に美奈子さんが今している腕時計を外して、これをプレゼントしますと言った。受付でもらった整理券の番号を呼ばれれば見事当選ということだ。どうか僕に当たりますようにと願った。美奈子さんが番号を告げる。えっ!僕だ!信じられない!あまりのうれしさに走って美奈子さんのもとへと駆け寄った。たった今までしていた腕時計を受け取ると、握手を求めてきた。あまりのうれしさに、両手でがっしりと握手してしまった。帰りのバイクは、嬉しくてつい飛ばしてしまったのは言うまでもない。今でももらった時計は、我が家の家宝だ。

 社会人になっても、美奈子さんのファンは続けていた。でも高校生の時のような熱狂的さは、さすがになくなっていた。仕事が忙しくてなかなか美奈子さんに夢中ばかりになっていられない。それでもなんとかやりくりをして、コンサートに通っていた。大きなコンサート会場ではなく、観客との距離が近くなるライブハウスだ。日清パワーステーションとインクスティック芝浦ファクトリー(今はどっちもなくなってしまっている)。この頃はすでに美奈子さんの曲がそれまでのアイドルアイドルしていた頃と変わっていた。それでも僕はすんなり受け入れることが出来た。人は少しずつ成長するものだし、美奈子さんも僕も例外ではない。アイドル歌手としてデビューした彼女は、新しい分野へと飛翔していたのだ。この頃、正直言って美奈子さんのファンの数は減っていることを確実に感じていた。事実自分周辺の人はあまり評判が良くなかった。過激なファッションや歌い方・歌詞の内容など。しかし僕は、彼女が今後どうなるんだろうと楽しみで仕方がなかった。きっとこれからすごいことをやってくれるに違いない。

 美奈子さんがTVにはあまり出演しなくなったと思ったら、活躍の場を今度は舞台に移していた。しかもミュージカル。舞台女優じゃん!以前美奈子さんは映画とドラマに出演したことがあるが、演技は正直言ってあまり上手くはなかった。だけど欠かさずチェックしていた。やっぱりファンの一員として当然!そんなこともあってか、舞台での演技はちょっと心配する反面、歌が上手いんだからミュージカルだったらもしかして・・・、というのもあった。残念ながら観に行ったことはないけど、時々TVでオンエアされると、ベテランの俳優さんや女優さんにも負けるに劣らない程の演技。ひょっとしてベストマッチな分野なのかも知れない。
 最初の出演は有名な作品であるミス・サイゴン。しかもいきなり主役に抜擢。何ヶ月ものロングラン公演を行って以来数々のミュージカルに出演。去年の暮れまで舞台で元気に活躍していた。ファンとしても嬉しいを通り越して感心させられた。こんなにスゴイ才能が秘められていたんだぁ。

 今年の初め、急性骨髄性白血病に冒されているというニュースを聞いた瞬間、何故!と言う文字が頭の中を駆けめぐった。こんなにもがんばり屋さんで歌を愛しているのに!このときほど神を恨んだ日はなかった。なんて非情なんだ。でも美奈子さんは、また復帰して歌を歌おうと一生懸命治療に専念していたようだ。病魔を克服しようと、体に負担のかかる治療法を受けて、なんとか一時退院まで回復したと言うのを聞いて、いよいよ復帰が本格化したと確信していた。現在僕が付き合っている彼女は芝居が好きで、時々観に行くようだ。そんな彼女と、美奈子さんが復帰したら真っ先に舞台を観に行こうと約束していた。

 すっかり寒くなった晩秋の11月6日、突然の訃報に僕は驚きのあまり頭の中が真っ白になった。それから数日間彼女の通夜や告別式の様子がTVで放映された。それを見る度に僕は涙が流れた。告別式には美奈子さんが歌うアメイジング・グレイスが流れ、まさに鎮魂歌。まるで自分のために歌っているようだった。
 今車の中では追悼の意味を込めて美奈子さんの曲を集めた自作CDを聴いている。でもアメイジング・グレイスだけは、あえて入れなかった。これを聴くと涙が出てしまうのだ。38歳というあまりにも早すぎる死に、僕自身まだ気持ちの整理がついていない。もう少し経ったこの曲を加えたいと思う。




本田美奈子さん、辛い闘病生活大変でしたね。
とてもこんな言葉では表しきれるものではないけれど、
 私達は決して貴女のことを忘れません。
かけがえのない貴女にもう会うことは出来ませんが、
私の心にはいつでも貴女がいます。
 それに、貴女が残したすばらしい歌があるのですから。
 今は安らかにお眠り下さい。
そして天国に行ってもすばらしい歌声を響かせ続けてください。
さようなら美奈子さん。
さようなら私の青春の1ページ

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