| 2004年11月2日 |
| 徐々に・・・ |
忘れもしない2004年10月23日から10日余りが経った。私の住んでいる地域や会社は、徐々に震災前の状態になりつつある。近くのスーパーやコンビニも通常通りに営業しているし、市内を走るバスも一部を除いては普通に走っている。まだ余震の危険はあるものの、硬い表情を見せていた周辺の人たちも、幾分和らいだ表情になってきた。
一方、私の部屋は一時期、足の踏み場もないくらいの凄惨な現場になってしまっていた。そのときの写真を撮っておいたのだが、あまりにも汚い部屋なので、ネット上に公開するのはちょっと控えたいと思う。普段からあまり片付けがあまり得意でないので、普段よりかは散らかっているかな?と言う意見もあるけど・・・。 |
| 2004年11月5日 |
| 関越自動車道全線開通! |
| 地震で通行止めになっていた関越自動車道が、2週間ぶりに開通したとニュースで知った。数日前に国道17号線が全線開通したというニュースに続いての嬉しいニュースだ。関越道全線開通といっても、受けたダメージは甚大なので、長岡IC〜小出IC間は50Km/h制限となっているとのこと。ともかく、関越道の早期全線開通は待ちに待っていた。2ヶ月に1回程度関東方面に行く用事があるので、一時はどうしようかと悩んでいた。北陸道・上信越道経由で関越動を使えば、関東方面へのアクセスも可能なのだが、時間と距離が大幅に伸びてしまう。料金はどちらを使っても同じなのだが・・・。実は来週、東京ディズニーシーに行く予定だったのだが、予想さえしなかった大地震に遭ってしまったので、残念ながら今回はあきらめるしかない。まだ余震に対する警戒は必要なので、しばらくお預けになりそうだ。 |
| 2004年11月10日 |
| 最近は |
| 一向に収まる気配がない余震。気象庁は、徐々に収まってきていると発表しているが、残念ながら感覚的にはそうとは思えない。地震発生回数のグラフを見ると、確かに減ってきているのだが・・・。本震の震源が川口町となっているが、最近の大きな余震は守門村・栃尾市・見附市と常に移動してる。マジでイヤだなー。ホント疲れる。 |
| 2004年11月13日 |
| 新潟県内の観光地 |
| この度の地震で、多くの観光地を抱える新潟県は、恐れていた風評被害の影響をまともに受けてしまった。宿泊客のキャンセルが相次ぎ、何十億もの損害が出てしまっている現状だ。一部被害の大きい地域もあるが、ほとんどが地震の影響がほとんど無い地域である。上越地域・下越地域・佐渡地域には、ほとんど影響がない。これから冬を迎えるわけだが、スキー客・ボーダー客・温泉客を当てにしているスキー場や宿・飲食店にとっては、死活問題になってくる。私は観光業に携わる者ではないが、是非新潟県に遊びに来て欲しい!旨い米もあるし、酒もある。(幸い私が好きな酒を造っている酒蔵は、出荷を再開したようだ)温泉に浸かりながら雪見酒なーんてことも、これからの季節だったら出来てしまう。佐渡の岩牡蠣で一杯なんていかが?コレはマジで旨い! |
| 2004年11月22日 |
| とりあえず新潟県をちょっとだけ離れて隣の富山県に行ってきた |
タイトル通り、新潟県を少し離れてみた。今現在私の周りでは、地震の影響はかなり薄らいだとはいえ、生活と地震は何らかの形で関わっている。夜眠っても何となく疲れがとれず、疲れがたまってきているなぁと、自覚できてしまう。こんな状態ではいつかは病気になったり、怪我をしたりするかもしれないと、少し気分を変えてみることにした。ということで、お隣の富山県に行くことにした。ちょっと早いかもしれないけれど、寒いこの時期に美味い鰤や鱈を求めていざ西へ。
現在新潟・富山両県内の高速道路で、料金割引社会実験という利用者にとって嬉しい実験を行っている。今回の旅行で、使わない手はない。朝早く長岡ICから北陸道へ。長岡JCTから富山方面に車を走らせていると、早くも道路規制が始まった。片側車線を閉鎖して復旧工事が行われていたのだ。震災後初めて高速道路を通るのだが、これほどひどい状況になっていたとは思わなかった。とにかく道はデコボコで、しっかりハンドルを握っていないと、ハンドルが取られてしまうのだ。規制は柏崎市内に入っても続き、改めて地震の爪痕を認識させられた。
柏崎社会実験区間の末端ICである米山ICで降りて国道8号線へ。海を眺めながら車を走らせていると、少しは気分が晴れてきた。同情している連れが新井の道の駅に行きたいと以前から言っていたので、休憩を兼ねてちょっと寄り道をすることにした。上越市から国道18号線へ。15分ほど走ると、道の駅に到着。丁度オープンし始めた時間に到着したようだ。店の人が慌ただしく開店作業に追われていた。魚屋に入って店の中をのぞいてみる。いろんな魚が並べてあり、新鮮で美味そうだ。中にはタルイカという巨大なイカがあり、これはどうやって食べるのだろう?と悩むモノもあった。
道の駅でしばらく休憩した後、再び富山に向かうことにした。今度は上越社会実験区間を利用することにする。上越ICから一気に親不知ICへワープ。いくつもの途中大断層地帯のフォッサマグナを通り過ぎ、いくつものトンネルを越えると、道は海の上を走るようになる。そして程なくして親不知ICに到着。ここで再び国道8号線へ。天下の険である親不知付近は、難所中の難所。とても1桁国道とは言えないほど狭くなり、すれ違う大型車に気を付けながらの走行となる。最後のトンネルを抜け、県境の橋を越えると、そこは富山県。そして入ってすぐのところにある【栄食堂】に入る。鱈汁が美味いと有名な店らしい。
店にはトラックの運転手が数人いて、ちょっと早い昼食を食べていた。まずは鱈汁2人前を注文。(この2人前というもがくせ者だった)冷蔵ケースにいろんなおかずが置いてあり、そこから好きなモノを持って行くというシステムになっている。刺身3点盛・キムチ・山菜のおひたしを持ってきた。しばらくすると、鱈汁がやってきた。しかも鍋で。ふたを開けると鱈が1匹入っているのではと思われるほどのボリューム。二人で何とか平らげた。1人前でも十分だったような・・・。一人あたり3杯は飲めるぞ!
おなかが一杯になったところで、さらに西へ。入善・魚津を過ぎたあたりから、雲行きが怪しくなってきた。滑川あたりになると、完全に雨。富山市では風も強くなってきて、背の高いプレマシーでは結構横風にあおられる。お昼もだいぶ遅くなった頃に、氷見に到着。目指す道の駅に行ってみた。ここでいざ氷見の鰤を!と思ったのだが、さっき鱈汁をイヤと言うほど食べたので、全然おなかが減っていなくて、残念ながらとても食べる気がしない。せっかく来たので、魚屋をのぞいた。発泡スチロールに入った鰤丸ごと一尾が鎮座しており、4万4千円という値札が貼られていた。その隣には、さっき新井の道の駅で見たタルイカを数倍上回るほどの巨大なタルイカが、これ見よがしに並べられている。富山湾では、こんな化け物が捕れるのか!?レストランを覗くと、お目当てだった鰤定食が完売とのこと。コレで諦めがついた。
ここの道の駅は港のすぐ隣にあるせいか、カモメやトンビがやたらに多い。丁度雨もやんだことだし、買ったばかりのカメラの練習でもやろうと、デジカメを取り出す。ところが飛んでいる鳥を狙い撃ちするものの、なかなかうまくいかない。ファインダーを覗きながら鳥の動きを予想するのは至難の業だ。広角にすれば撮影しやすいのだが、動きのある写真は撮れないし、望遠にすれば動きのある写真が撮れそうなのだが、鳥の動きについてゆけない。何十枚か撮影してみるが、全然満足のいく写真が撮れない。もっと練習が必要だな・・・。
そろそろ夕方なので、宿を取ってある富山市に戻ることにした。もう少し時間があって天気が良ければ、千里浜をドライブ出来たんだけどなー。富山市までは距離にしてそんなに遠くない。丁度帰宅ラッシュ時間帯になってしまったが、ナビの渋滞回避機能を使って、見事渋滞回避!富山市ではちゃんと有効に使えるようだ。長岡市ではあまり効果がないけど・・・。駅前のビジネスホテルにチェックイン。ホントは温泉宿を取りたかったんだけど、今回は予算が限られていたので、安いところに泊まることにした。
宿で少し休んでから駅周辺の居酒屋にしけ込むことにする。さっきは鰤が食べられなかったので、今度こそ鰤を食べたかった。早速定番の刺身を注文。濃厚な脂が舌の上でトロリと溶けて美味い。氷見の鰤ではないかもしれないけれど、氷見産と決め込んで食べた。他にも富山湾限定の白エビの刺身・唐揚げなどを注文。ビールに合うつまみだった。
ひとしきり堪能した後、締めにラーメンを食べることにした。富山のラーメンといえば黒醤油ラーメン【富山ブラック】だろう。以前食べたことがあるが、あの独特のしょっぱいスープが忘れられない。早速富山ブラックの代表的な店である【大喜】に向かう。たぶんここら辺だろうと店の前に到着するが、なんと定休日!日曜日は休みなのか!?楽しみにしていたんだけどなー。仕方ないので、別の店で食べることにした。駅前のラーメン屋。中に入って注文。客はあまりいない。日曜日の9時近くなので、当たり前か。富山ブラックを初めて見た連れは、「体に悪そうだね。高血圧になるかも」と言っていた。確かに、スープを全部飲めば高血圧になるだろう。でも大喜に比べて、かなりマイルドなしょっぱさだ。コシのある太い麺にスープの色素がしっかり染みこんでいて、かなりな濃い茶色になっている。トロトロのチャーシューが美味かったが、ネギが幾分少ない様な気がする。まぁ、こういうのもありかな。ラーメンの好みは千差万別だし。宿に戻ると、いつの間にか寝てしまっていた。今日は地震を気にしないで寝れそう・・・。
翌日は実に良い天気。連れの休みは今日までなので、ここから越後湯沢駅まで送り届けなければいけない。高速の安い区間を乗り継いで行く。まずは富山ICから朝日ICまで。高速に入ってすぐ、右手に立山連峰がそびえ立っているのが見える。山頂付近は雲がかかっており、相当に寒いだろう。一昨年の真夏に行ったときも結構寒かったし。途中の有磯海SAで、ちょっと早い昼食を取ることにする。ネギトロ丼とかき揚げそばのセットがなかなか美味しく、ボリュームも満足。関西風のつゆが、ゴボウをメインとしたかき揚げと合っていた。
朝日ICから次の親不知ICまでは、昨日も通った国道8号線を東へ向かう。ロックシェッドから時折覗ける濃い青の日本海が、とてもきれいだ。市振の関を超えると、親不知ICまではすぐだ。ここから柿崎ICまで、再び北陸道を使う。道路上の電光掲示板に、被災地の一般車の通行は控えるようにと表示されている。そういえば、私が住んでいるところも被災地なんだ・・・。
柿崎ICで一旦高速を降り、米山ICで再び高速に乗る。その間に鉄道写真撮影の絶好のスポットがある。だが、現在はここを通るのは普通列車のみ。豪華な寝台特急や、特急列車は全て運休。早期の復旧を願ってやまない。
西山ICで再び高速を降り、長岡ICから今度は関越道に乗る。ここから小出ICまでは被害が甚大で、1車線を閉鎖して速度制限50Km/hとなっている。路面はデコボコで、昨日の北陸道とは比べモノにならないくらい路面状況は悪い。時々大きな段差があり、前を走る車の挙動をよく見ながら運転しなければならないほどだ。それでも、震災から1ヶ月も経たないうちにここまで復旧させるのはすごい!道路公団の話では、今月末までには2車線化するという。川口町にさしかかると、ブルーシートに覆われた家々が目立ち始め、墓地に至ってはほぼ全ての墓石が倒れていた。助手席に座っている連れもいつしか言葉を失って、呆然と外の景色を眺めている。小出ICを過ぎると規制は解除され、普通に走れるようになった。幾分緊張感がほぐれたのか、急に疲れが出てきた。急遽大和PAで休憩。しばらく一服をしていると、駐車場に自衛隊のトラックが止まっているのが見えた。第1戦車大隊(駒門)とかかれた幕を荷台に張っている。後で調べたら、御殿場の部隊とのこと。隊員の一人が、タイヤの点検をしていた。単なる移動でも、彼らにとってみては作戦行動なのだろう。車の点検はやっぱり大事だと感じた。
六日町ICで高速を降り、六日町の市街地を通過する。町の様子から、ここら辺は全く地震の影響はないように思えた。ここを過ぎると、車はグッと減る。越後湯沢駅まではもうすぐだ。20分程で越後湯沢駅に到着する。ここまでは新幹線は普通に走っている。
「新幹線のありがたみが、しみじみ分かるね」
確かにその通りだ。開通してから20数年間、当たり前に利用してきた新幹線が、こういった形で乗れなくなると言うのはとても不便に感じる。なんとか無事に連れの彼女を見送って、再び関越道で家に帰ることにする。再び悪路の高速道路を走って帰ったので、家に着いた頃にはヘトヘトだった。高速道路のありがたみをしみじみ感じた1日だった。 |