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 ■のりもの日記 Vehicles Diary■

のりもの日記

2004年8月16日
越後・上州・下野・会津紀行
 お盆休みもそろそろ終わりを迎えてしまいますが、皆様如何お過ごしでしょうか?それにしても大変ご無沙汰です。あんまり更新をサボっていると、サイトが生きる屍になってしまうので、ちょこっとがんばって更新してみました。
 ってことで今回は久しぶりに鉄道の話題を。早速ですが、今日列車の旅をしてきました。旅の行程はこんな感じ。

  【長岡−水上−高崎−栃木−新藤原−会津田島−会津若松−新津−長岡】

 長岡6:33発の普通列車水上行きに乗車して、上越線を南下。降り注ぐ陽光を照り返し、鮮やかな緑に染まった稲穂を眺めながら列車に揺られていると、1時間余りで越後湯沢に到着。ここから先の車窓は山越えの様相を呈す。鉄道撮影スポットで有名な岩原の大カーブを通って、新潟県最後の駅土樽へ。すぐ目の前を関越自動車道が走っている。のんびりしたローカル線と対照的な高速道路は、まだUターンでごった返していないようだ。そしていよいよ国境越えへ。長大な清水トンネルを、鋭く金属が擦れ合う轟音を響かせながら列車はひた走っていた。国境を越え越後から上州に入った列車は最初の停車駅土合へ。上り線は地上ホームに到着するので、いろんな色の野草が線路脇に生い茂っているのが目に飛び込んでくる。次の停車駅である湯檜曽へのアプローチは広大なループを描きながら徐々に高度を下げていくので、眼下にこれから走る線路が見える。まるでフライトシミュレーターで滑走路へのアプローチを行っているようだ。湯檜曽を出発し、列車が徐々に速度を落としてきたなと感じると、終点水上。ここでほとんどの乗客は高崎行きへ乗り継いだ。

 水上を出発すると、しばらくは山間部を走る風情たっぷりの景色を見せてくれる。渋川あたりからは日本最大の関東平野を走るようになった。車内は混雑し始め、新前橋まで来るとピーク時間帯を過ぎた通勤電車並みまでになってしまう。基本編成が2両の107系であるため、乗客密度が非常に高い。
 群馬の玄関口である高崎に着くと、次に乗る列車は両毛線。普通列車小山行きは、新潟県内ではすっかり見かけなくなってしまった湘南色の115系だった。エクステリアの変更は見られないが、インテリアに関してはヘッドレスト付きの対面ボックスシートに変更されている。このシートの車輌も新潟県内も走ってくれればいいのに。

 両毛線は複線・単線が所々入り交じっている。新前橋−伊勢崎間などは複線区間だが、ほとんどは単線区間だ。景色は関東平野北部らしく、北側に山々が連なって見える。伊勢崎では久しぶりに乗車する東武鉄道普通列車が隣接している東武鉄道のホームに停車していた。もっともこちらは伊勢崎線で、今回乗車するのは東武日光線なのだが。
 伊勢崎の次は国定。どうやら「赤城の山も今宵限りか」の名台詞で有名な国定忠治の生誕の地らしい。思わぬところで思わぬ発見。時間があれば途中下車してゆっくり近くを散策してみたかった。
 桐生を過ぎると、渡良瀬川に沿って走るようになる。意外と川幅が広い。かつて鉱毒によって汚染され死の川と呼ばれていたが、今はその様子を窺い知ることは出来ない。以前豊富な水量をたたえていたのを見たことがあるが、今は渇水期のためか水量が少ない。
 その川沿いをしばらく走ると足利に到着。足利は足利氏発祥の地にある駅だ。また足利学校があったことも知られている。JRは足利駅、東武は足利市駅。お互い渡良瀬川を挟んで向かい合う形になっている。ちなみに森高千里の渡良瀬橋という曲は、ここから1Km程上流にある渡良瀬橋に由来する。本人が実際にここを訪れ、詩を書いたとラジオで語っていたのを聞いたことがある。
 しばらくすると渡良瀬川を離れ、ラーメンの町佐野へ到着。竹を使って麺を打ついわゆる青竹打ちが有名。透き通った醤油ベースのスープが一般的で、市内のあちこちにラーメン屋がある。以前数軒の店で食したことがあるが、それぞれの店の特徴が出てとても美味かった記憶がある。
 15分ほど走ると、栃木に到着。ここで東武日光線に乗り換える。次の列車到着までまだ時間があるのでその前に昼食をとることにする。駅前は整備開発中のためか閑散としていたが、1軒の食堂を発見。早速中に入り、ネギ担々麺をオーダー。夏は辛い食べ物が似合う。ネギのピリ辛さとスープのピリ辛さの相乗効果で額に汗を浮かべながら、余裕で完食。大盛にしてもよかったかも。満足して店を後にする。

 列車が来るまで少し時間はあるけれど、駅で待つことにした。駅前で時間を潰せるような場所がないのだ。ここからは18キップを使えないので、券売機で切符を購入。東武・野岩・会津と3社直通の切符をここで買えることが出来る。いったいどんな切符が出てくるのかと楽しみにしていたら、至極普通の近距離切符と同じタイプのものが出てきた。ただし、額面は¥3560と結構高額だが。ホームに出て所在なく列車を待つことにする。ホームはJRと東武が平行に並んでおり、JRが島式1面2線に対し東武は島式2面4線ある。東武の栃木駅は特急スペーシアけごん・きぬの停車駅でもあり、また普通列車や準急列車の始発・終着駅でもあるからなのだろう。と想像しているうちに、特急スペーシアきぬがやってきた。形は東海道山陽新幹線の300系に似ているが、内装はかなり豪華である。さすが大観光地に向かう列車だ。スペーシアを見送ると、程なくして快速列車新藤原行きが到着。この列車はドア付近以外はすべてクロスシートで構成されており、旅ムードがかき立てられる。とは言っても新潟県内はまだほとんどクロスシート車が走っているので、それほどでもなかったりするのだが。またこの車両には下今市での分割運転に伴う誤乗車防止の為に、車内にも行先方向幕が設置されている。
 次の停車駅である新栃木を出ると、再び山間部に向かうことになる。田園風景が広がるが、風景が単調なのでなんだか眠くなってくる。ウトウトしそうになったところで、下今市に到着。ここで東武日光へ向かう列車と新藤原に向かう列車の分離が行われる。新藤原行きは後発なので、出発までまだちょっと時間がある。その時間を見計らって、立ち売りの駅弁売りのおっちゃんが威勢の良い掛け声を発しながらやってきた。最近すっかり見なくなった光景なので衝動に駆られて買おうと思ったが、終点まで30分もないのでやっぱりやめにした。ちなみに東武日光駅では、なんと¥10000もする日光埋蔵金弁当という駅弁が売っている。
 身軽になった列車は、一気に飛ばしたい気分になりたかっただろうが、ここから各駅停車となる。しかも単線。次の停車駅の大谷向は大谷川を渡ったすぐ向こうにあるのだが、ものすごい急カーブを経て到着した。反対側のホームにはスペーシアが対向列車すれ違い待ちで止まっていたが、さすがの快足を誇るスペーシアも単線&急カーブでは鈍足になってしまっているのだろう。ここを出るとしばらくは長い長い直線になる。線路の両脇に鬱蒼と茂った杉林が続く。恐らく杉花粉症の人だったら悲鳴が出るのでは!?幸いにも私は花粉症とは縁がないので、ぼんやり眺めることが出来た。
 東武鬼怒川線は国道121号線とほぼ併走しているので、沿道にいろんなテーマパークや土産物屋を車窓から眺めることが出来る。ちなみに有名な日光江戸村や東武ワールドスクウェアは小佐越が最寄り駅だが、交通の便の良さは鬼怒川温泉駅。その鬼怒川温泉でほとんどの乗客が下車した。恐らくここで降りなかった乗客も、新藤原以北の川治温泉や湯西川温泉で下車するだろう。さらに身軽になった列車は鬼怒川公園を経て、終点新藤原に到着。ほとんど全員野岩鉄道会津鬼怒川線普通列車会津田島行きに乗り継いだ。少し小走りしたので、余裕で座ることが出来た。しきりにここから先はパスネットを使えないのでここで精算するようにと、繰り返し放送をしていた。首都直結の鉄道であるが故の困り種なんだろう。

 野岩鉄道ではどんな車両に乗れるんだろうと楽しみにしていたら、ここまできた快速列車と同じ形式の車両だった。後で調べたら、この型の車両しか所有していないということだった。そして定刻通りに発車。駅を出るとすぐにトンネルに入る。しばらくすると竜王峡に到着。駅の半分がトンネル内にある駅。トンネルとトンネルの間にある。ここを出るとまたすぐにトンネル。しばらくトンネルが続く。駅付近だけトンネルから出るようになっている。あまり車窓から景色を眺めることは出来ないが、トンネルを出たときに目に飛び込んでくる新緑の山々が目に眩しい。列車はいつしか男鹿川に沿って走るようになる。
 栃木県最後の駅になる男鹿高原に到着。この駅は完全に集落から離れているのだが、一体どれくらいの利用者はいるのだろうか甚だ疑問である。今度この駅をじっくり訪問してみよう。ここを出ると、いよいよ関東地方とお別れ。東北地方・福島県に入る。長い山王トンネル内に県境があるので、トンネルから出るとそこはすでに福島県になっていた。その最初の駅であり、野岩鉄道会津鬼怒川線の終着駅である会津高原駅に到着。ここから先は会津鉄道となる。しかしこの列車はこの先の会津田島までの直通運転なので、この駅は単なる途中駅になってしまっている。また、ここはかつての国鉄会津線・会津滝ノ原駅だった。ここには初めて来たので当時を語ることは出来ないが、なんだかすべてが新しくなってしまっているような気がする。変わらないのは後ろのそびえる山々だけになってしまったのだろうか。
 ここからはトンネルが一つもないので、景色を堪能することが出来る。ぼんやり外を眺めていると、民家の屋根が変わった形をしているのに気づく。屋根の頂点部分中央に小さな社みたいなものがある。以前磐越西線に乗った際にも見掛けた。また、ここら辺から阿賀川に沿って列車は走るようになる。阿賀川は日本海に注ぐ河川で、新潟県に入ると阿賀野川と名称を変える。新潟県に関わりあるネタをついでにもう一つ。実は東武日光線の楡木駅付近からここら辺まで、私の住んでいる長岡市を通る国道352号線とほぼ併走している。(他国道と重複するため地図上から番号が消えてしまうが)国道の方はここで西側に反れ、会津の秘境中の秘境である檜枝岐村へと向かう。そして列車は終着駅の会津田島へ到着する。と同時に電化区間もここで終わり。

 ここで普通列車会津若松行きに乗り換える。今度は待望の気動車だ。ホームにはうっすらとディーゼル臭が漂っており、車内に入っても何となくディーゼル臭を感じる。乗り換え客は結構いたが、幸いにも再び座ることが出来た。正面かぶりつき席ではないが、運良く正面の窓から線路が見える。発車まで多少時間があるので、外で休憩。そして出発の時間になった。ディーゼルエンジンが唸りをあげる。さっきまで電車だったので、発進がやたら遅く感じた。会津田島を出ると田島高校前に到着。夏休み期間中なので、学生の乗り降りはなかった。
 ふと気付くと、枕木が木製に変わっている。もしかしたら会津高原以降も枕木が木製になっていたのかもしれないが、全く気がつかなかった。また短いレールを使っているのか、つなぎ目の通過音がやたらと頻繁に聞こえる。走る車内から見えるほとんどの神社では、ほぼ全部祭事を示す幟が揚がっていた。お盆の時期なので、墓地には墓参りをする人が目につく。
 列車は観光名所の一つ塔のへつりに到着。ここから3分ほどで塔のへつりに行くことが出来る。そこには阿賀川の川岸に奇妙な形の岩が塀のように並んで、見事な景勝を創り出しているという。ちなみにへつりとは、地元の方言で危険な崖と言う意味とのこと。時間があれば途中下車して見に行きたかった。ここからは温泉地の駅が続く。湯野上温泉に近づくと、旅館やホテルが建ち並んでいるのが見えるが、どことなくひなびた感じがする。芦ノ牧温泉は会津藩の奥座敷という言葉が似合っている。駅舎が本格的な茅葺き屋根になっていて、旅情緒をかき立てられる。ここら辺りまでずっと上り勾配だった線路も、次第に下り勾配になる。ここを過ぎると次第に会津若松市の平野部になっていき、住宅も目立つようになる。西若松で左側から只見線の線路が近づいて来た。結構ここで下車する乗客が出始める。西若松を出発すると、次は終点の会津若松。1時間ちょっとの乗車だったが、見所がたくさんあった。会津線がまだ廃止される前に来たかったというのが唯一の心残りなのだが。

 次の列車まで2時間ほどあるので、市内をぶらつくことにした。観光スポットではないが、市役所庁舎が結構おすすめ。石造りの建物で、歴史を感じさせられる。また偉人野口英世が青春時代を過ごしたとされる場所が、現在野口英世青春通りとして観光名所となっている。軽く散策を終え駅に戻ってから、夕飯と土産を買い込んだ。買い物を終えると、磐越西線普通列車新津行きが入線していた。改札を通り列車に乗り込む。そして見慣れたキハ110系車両は定刻通り出発した。夜の帳が降りた車内で、同行したN君と乾杯。長い車中なので、酒が足りるのかが心配だった。途中対向列車の遅れで新津到着が遅れたが、無事に長岡に到着した。
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